ルッキズム(外見至上主義)とは|ルッキズムの意味と抜け出すための思考法
近年ルッキズム(外見至上主義)が問題として認識されるようになってきました。
「自分には関係ない」と思ってはいても、案外身近なところにルッキズムの障壁は潜んでいるものです。
そこで今回の記事では、ルッキズムの意味や問題点、さらにはルッキズム的思想から抜け出すための方法を紹介します。
Contents
ルッキズム(外見至上主義)とは
まず最初にルッキズム(外見至上主義)の意味についてみていきましょう。
ルッキズムの意味
ルッキズム(外見至上主義)とは、人を見た目で評価しその容姿の良し悪しによって扱いを変えることです。
ルッキズム的考えを持っている人は、魅力的な見た目ではない人たちを差別的に扱い、価値のない人間として蔑む傾向があります。
もちろん、極端なルッキズムは批判の対象になりやすいです。
しかし、実際は「美人は得してそう」「体重は軽い方がいい」など、意識されないレベルでは大多数の人がルッキズム的な思考に影響を受けているといえるでしょう。
ルッキズムの語源
ルッキズムは英語で「lookism」です。
容姿や見た目を意味する「look」と~主義を表す「ism」が組み合わされてできた言葉であり、1978年の「ワシントンポストマガジン」の記事で使われたことから、広く知れ渡るようになりました。
ルッキズムの類義語
ルッキズムの類義語、日本語で一番近いものは「面食い」でしょう。
とにかく顔や容姿の良い人を好む傾向を「面食い」といいます。
ただし、面食いの場合はどちらかというと美しい容貌にこだわるという意味合いが強く、容貌の劣る人に対する差別的な気持ちはあまり含まれていないことも多いです。
ルッキズムの例文・使い方
「ルッキズム」を使った例文は以下の通りです。
- 彼はルッキズムゆえに、見た目の劣った人を冷遇しがちだ
- この映画作品はルッキズム的思考に支配されている
- ルッキズムの人に自分自身の顔についてはどう思っているのか聞いてみたい
ルッキズムが広がった背景
近年ルッキズム的な考え方は、より多くの人に根深くなりつつあります。
しかし、なぜ私たちは「ルッキズム」を意識するようになったのでしょうか。
SNSやスマホカメラの普及した現在、一般の人であっても「自分を他人に見せる」ことは日常となりました。
そうした社会の中ではかわいいこと、かっこいいことが価値であり、「いいね」をもらうためにはもっと容姿を美しくしたいと思うようになってしまいます。
プリクラや写真アプリで加工機能が充実するようになったのも、ルッキズム的思想が一因といえなくもないでしょう。
極端な場合はSNSで称賛を得るためだけに整形に走る人もいます。
また、ミスコンなどもルッキズム的な考えに拍車をかける要因のひとつです。
さらには「容姿がいい方が社会的に得をする」という考えがひとり歩きし、「イケメン無罪」「美人は人生イージーモード」などといった偏った意見があたかも常識であるかのように考えている人も珍しくありません。
一方、容姿の優れていない人はより蔑みの対象となり、「ブスやデブはバカにしてもいい」といった考えが何の疑問もなく受け入れられてきました。
東京五輪・パラリンピックの開閉会式演出案でタレントの渡辺直美さんを豚に見立てる、というルッキズムの象徴のような案が出てしまったのも、見た目で人を弄っていいという考えがこれまで無批判に許されてきたからでしょう。
しかし、この渡辺直美さんの件をきっかけに、今少しづつルッキズムに対する疑問を投げかける人が増えてきました。
見た目というのは生まれつきや体質の影響も大きく、自分ではどうにもできないものです。
それらを嘲笑の対象とすることは残酷でしかありません。
そもそも、美しかろうとそうでなかろうと、他人の見た目をどうこう言うこと自体、余計なお世話であり傲慢です。
見た目で他人の扱いを変えることはおかしいと気づき始めた今こそ、我々がルッキズムの不幸から抜け出せるチャンスなのかもしれません。
ルッキズムがもたらした弊害・考え方
ルッキズムがもたらした弊害や偏った考え方には以下のようなものがあります。
一重より二重まぶたの方が美人
日本において、二重に憧れる人や二重が美しいと思っている人は多いです。
しかし、そもそもなぜ「一重より二重まぶたの方が美人」だということになっているのでしょうか。
二重まぶた至上主義には、アジア人の白人信仰ともいえるルッキズムが関わっています。
二重まぶたへの信仰は根強く、自身の一重まぶたを深刻に悩んでしまう人も。
アイプチや整形で二重に変える人も少なくありません。
美人は収入が8%多い
すこし前に「美人は収入が8%多い」という調査結果が話題となりました。
男性も同様で、身体的魅力の高い人は収入が4%ほど増えるのだとか。
一方、平均以下の容姿とされる人は収入面で不利になりやすいという研究結果も出ています。
たしかに、職種によっては美しい容姿が有利に働くこともあるでしょう。
しかし、容姿のせいで仕事の生産性や教育などに格差が生じるのは、やはりナンセンスといわざるをえません。
女性は化粧することがマナー
ルッキズムは「美しくあること」を強いるものです。
とくに女性の場合、職場や公の場面では「化粧をすることがマナー」だとされています。
しかし、化粧が苦手だったり化粧自体が肌に合わなかったりと悩んでいる女性も少なくありません。
とはいえ「化粧をしない」という選択肢はしづらいのが現状。
化粧をしてある程度の容姿をクリアしなければイジリや批判を受けざるを得ない、これはまさにルッキズムの弊害といえるでしょう。
美容を煽る広告の過激化
「痩せれば人生が上手くいく」「ムダ毛だらけの体はありえない!」といった内容の広告を見たことのある人は多いでしょう。
「痩せるべき=太っていることは良くない」、「ムダ毛はありえない=体毛は排除すべきもの」といったように、こうした広告は人のコンプレックスを勝手に作り出す可能性があります。
見た目は人それぞれなのに、「こうあらねばならない」というルッキズム的な思考を押し付けてくるのです。
美容を煽る広告の過激化は、ルッキズムがもたらした結果のひとつといえます。
ルッキズム的考えから抜け出す思考法
ルッキズム的な考え方に振り回されるのは、自分の苦しみを増やすことになりかねません。
知らず知らずのうちに影響を受けてきたルッキズムから自由になるには、考え方を変えることが必要です。
ここではルッキズム的考えから抜け出すための、思考法のコツを紹介します。
影響を受けているのはあくまで日本基準の美と意識する
「もっと目が大きくなりたい…」「身長が高ければ…」と、自分自身の見た目にコンプレックスをもつ人は多いです。
しかし、その理想というのは一体どこからきたものなのでしょうか。
理想というのは、案外自分の意識とは別にSNSやドラマ、広告などから植え付けられた価値観だったりするのです。
世界の中には太っていることが美しいとされる国や、日に焼けた肌が健康的でよいとされる国など、日本とは違う美の基準をもっている国も多いです。
また、時代によって美しいとされる基準が変わることもあります。
結局「美しさ」というものは案外揺らぎやすいもの。
あくまで自分が今影響を受けているのは、現在の日本基準の美でしかないのだと意識すれば、コンプレックスから距離をとれるようになるかもしれません。
自分の短所より長所に目を向ける
自分の短所ばかりに目を向けていると、そればかりが気になってしまうものです。
そんな時はぜひ、自分の長所にも目を向けるようにしてください。
自分の長所を意識すれば、もっと自分自身を受け入れることができるはずです。
コンプレックスに振り回されず、冷静に自分の良いところを見つけてくださいね。
出来ないことより出来ることを増やす
自分には〇〇は出来ないからダメだ、なんて思ってはいませんか。
しかし、自分だからこそ出来ることもあるはずです。
他の人と同じことができないからといって、それにこだわる必要はありません。
自分の出来ることを増やしていけば、できないことも気にならなくなるはずです。
外見は個性と考える
ルッキズムに縛られそうな時は、外見は個性と考えるようにしましょう。
太っているからダメ、一重まぶただからダメ、なんていうのは一部の偏った価値観です。
身体的特徴で物事に制限をかけたり、必要以上に思い悩むのはナンセンスでしょう。
また、他人に対しても見た目で扱いを変えるようなことはせず、あくまでひとつの個性としてニュートラルに受け入れることが大切です。
SNSから離れる
残念ながらSNSにあるのは優しい言葉ばかりではありません。
時には他人のルッキズム的思想に触れてしまう場面もあります。
また、ルッキズムを加速させるような過激な広告を見かけてしまう時もあるでしょう。
心がもやもやしたら、ぜひSNSや世間の情報から距離を取ってください。
SNSから離れた生活を送ることで、いかに他人の言葉に振り回されていたかがわかるはずです。
相手を褒める時もルッキズム的な思考をしていないか気を付ける
私たちが完全にルッキズムから自由になるのは、なかなか難しいです。
相手を褒めるつもりでつい「痩せたね」「背が高くてモデルみたいだね」と、外見に言及してしまうのはよくあること。
しかし、いくらポジティブなつもりでも相手の外見についてあれこれ言うのは、ルッキズム的なジャッジを下しているのと同じことです。
他人を褒めるのは良いことですが、単なるルッキズムの基準に当てはめてはいないか、自分でも気を付けることが大切です。
「ルッキズムな思考から抜け出して自分のありのままを愛そう!」
「美人だから〇〇」「太っていることは醜い」など、見た目への言及はこれまで無遠慮に行われてきました。
しかし、そうしたルッキズム的思考は社会的不利益をもたらすと同時に、私たち個人にコンプレックスを抱かせ苦しめるものです。
美しいものを美しいと感じることが悪いというわけではありません。
見た目への過度なこだわりや、見た目のせいで物事が不利に働くことが問題なのです。
ルッキズム的な思考から抜け出すことは、私たちをもっと自由で幸せにしてくれるでしょう。
自分をありのままに愛するためにも、ぜひ外見至上主義的な考えから卒業することをおすすめします。
- ルッキズムとは、容姿が優れたことを至上とし見た目で扱いを変えること
- 近年SNSなどの発達より、多くの人にルッキズム的な思考が広がっている
- 二重まぶたを美しいとする考えや、女性の化粧はマナーとするのはルッキズムの弊害
- ルッキズム的思考から抜け出すためには、外見は個性と捉えルッキズムの影響から自由になることが大事